22卒の就活生、人生に絶望したけど哺乳瓶に命を救われた話

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…どうして、どうしてこうなってしまったのだろうか。

時は遡ること、2021年の8月ごろの出来事。

兎にも角にも、恐らく多くの人が私のことを知らないだろう。
まずは簡単な自己紹介をさせてほしい。

初めまして。私の名前はソライヌ。
人間社会に溶け込みながらなんとか生きている、しがない一般イヌだ。

この頃の自分は就活と専門学校を卒業するための課題、資格取得のための勉強やコンペのための作品制作、家庭のことなど…その他もろもろの多忙な日々を送っていた。
毎日のように徹夜をして、休みの日も面接やセミナーに参加する毎日。
忙しかったけど充実はしていた。
決して実りは多くない、それでも身を粉にして頑張っていれば必ず努力は報われると…そう信じていた。

…が、実際現実はそう甘くはなかった。

就活、30社ちかくエントリーするも内定もらえず。

卒業課題、やりたいことが上手く説明できず担当教授と衝突する日々。

試験の勉強も身が入らない、コンペも全て一次審査落ち、家庭内でのいざこざに巻き込まれたり…

普段は細かいことを気にしない主義な性格をしている自分でも、この現状にひどく落ち込んでいた。
何もかもが上手くいかない。訳も分からないまま毎日が焦りに満ちていた。
周りにだけは心配をかけさせまいと、とにかく自分をぎこちない笑顔で取り繕った。
大丈夫、自分はまだ大丈夫だと…

その結果、私は大きく体調を崩してしまい、身も心もボロボロの状態になってしまった。

休んでいる間、私は布団の中に引きこもりながらずっと考えていた。

「誰にも必要とされていないのに、自分の人生に価値はあるのか」と

「みんなは私以上に努力しているのに、なぜ自分はこの程度で休んでいるのか」と

「何の成果も残せなかった今までの頑張りは、果たして意味があったのか」と…

考え出せばキリがない。
ネガティブな感情は泉のように、止まることを知らずに無限に湧き出てくる。
石油もこのぐらい湧き出てくれればいいのに。
楽観主義でも精神はとても簡単に病んでしまうのだな~、そんなことをどこか他人のように思っていた。

「何のために生きてんだろ~~~~~~~~????」
今でこそ、この問いに対して笑いならら回答することが出来るけど、当時は真剣な悩みだった。

そんな自分の人生の山場を乗り越えたきっかけが、まさかの「哺乳瓶」になるとは思わなかったけどね。

あの頃の私が本気で欲しがっていたもの、それは「圧倒的なぬくもり」だった。
8月という夏真っ盛りな季節だったというのに、体調不良で体感温度がバグっていたせいか24時間「寒くね?」と思いながら過ごしていた。(元々夏生まれで暑いのに慣れているというのもあるかもしれないけど…)

それと同時に荒み切った心には第三者や自分以外から与えられる癒しや穏やかさといった温かさを得たかったのかもしれない。

だが悲しいかな自分には友が少ない。
僭越ながら友人はいるにはいるけど、弱り切ってしまった自分の姿を見せたくない…という少しばかりのプライドもあったのかもしれない。

そんな中、自分の中の不安を紛らわすようにお酒を呑みながらインターネットサーフィンに繰り出していた、とある日の深夜。
私はついに出会ってしまう。
Amazonの奥地で見つけた「哺乳瓶」の文字を。
どうやって哺乳瓶にたどり着いたのか、お酒が入っていた事もあってか詳細を思い出すことはできない。
おそらく検索バーに「癒されたい 落ち着くもの」とか書いて検索したのだろう。覚えてないけど。
それでも突如として心の中に芽吹く好奇心と、酔った勢いのままポチってしまったことだけは、何故か鮮明に覚えている。
どうして大事な過程に限って覚えていないのだろう。己の脳みそのキャパシティを強く憎む。

届いてきて真っ先に思ったことは「なにしてんだろ…?」という虚無感に苛まれたことだ。
7月に誕生日を迎え、齢22になったばかりの大人が購入したもの。哺乳瓶。
なんのバグだよ。

皆さん、知っていますか?
哺乳瓶って、意外と高価なものなんですよ。
メーカーや材質(ガラス製もしくはプラスチック製)によってまちまちですが、自分が購入したのはガラス製の240ml入る大容量タイプ。
そのお値段なんと2000円!!
高い、貧乏学生をやっていた自分には地味に痛い出費。

ここで普通の人ならば返品したりするんだろうな。
私もここで「哺乳瓶 大人 癒し」とかスマホで検索しなきゃまともでいられたんだろうな。

だからきっと

こんな風に真夜中にせっせこホットミルクを作る準備をしているのも、きっと夢なんだろうな。
夢であってくれ。

という訳で、ここから唐突なクッキング教室が始まる。
今回お教えするレシピは「絶望を塗り替えろ!!究極の癒しホットミルク~哺乳瓶を加えて~」です。
材料はこちら
・哺乳瓶(一番大事)
・牛乳…200mlくらい
・はちみつ…小匙1
・バニラオイル…数滴
・砂糖…適量

さぁ、地獄よりも業の深い調理を始めましょう。

まず初めに哺乳瓶を煮沸します。
鍋にお湯を沸かして哺乳瓶を煮るだけの工程ですね。
夜中に一人で哺乳瓶を煮沸している姿は最高にシュールです。
面白いですね。
あんまり茹ですぎると哺乳瓶が変形するとかしないとからしいので、5分くらいグラグラと熱湯の中で泳がせておきましょう。

いい感じに茹で上がったら乾いたふきんの上に置いて乾かして放置。
この間にミルクの準備をしておきましょう。

ゆうてまぁこれも単純明快にホットミルクを作るだけです。
湯呑に適量の牛乳を注ぎ、

バニラオイルも適量。
香りが段違いになるので入れることを強くおススメします。

そんでもってはちみつも。
これは超絶甘党向けレシピなので、あんまり甘いのが好きくない方は加減してください。
私はラベルを剥こうとしたら、全部引っぺがしてしまいました。
あらゆることをパワーで解決するタイプの蛮族かな??

そしてはちみつを入れる際キャップをミルクの中に落とすドジをかましたり。
んもう雑魚過ぎんか??

砂糖も入れちゃいましょう。
苦いのは人生だけで十分です。

すべての材料をぶち込み終わったら、電子レンジ君の出番です。
温めすぎると謎の膜が発生するので、500wで2分くらい。
この辺りは機器によって性能がまちまちなので様子見ながら温めましょう。

…さて、全ての役者が揃ったようだ。
これより召喚の儀を執り行う!!
この湯呑に入ったホットミルクを哺乳瓶の中にこぼさない様に注ぐのだ。

…この辺りで勘のいい方は「これ哺乳瓶で直接作ればよかったんじゃね?」と思っていることだろう。
…その通りだ。ぐうの音も出ないよ。

まぁ要はこぼさなきゃいいだけだ。
こういうのは…ゆっくり…ゆっくり注げば…大丈夫だから…

大丈夫…

だい、じょう、ぶ…

…。

俺はこんなことすらまともに出来ねぇのか。

お手元がガバガバなのではなくて????

(※この後自分で拭きました)

あとはこれを取り付ければ…

完成!!「絶望を塗り替えろ!!究極の癒しホットミルク~哺乳瓶を加えて~」!!!!

こうして改めて見ると、このブツのヤバさがひしひしと伝わってくる。
もうここまで来たら後戻りはできないぞ、という強い意志を感じるぜ…!!

ここでふと、些細な疑問が浮かぶ。
「傾けたら先の穴からこぼれんのかな?」と
穴自体は小さいし、こぼれたとしても滴る程度だろうな~と思って軽く傾けてみたら

_人人人人人人人人_
> 勢いがすごい <
 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y ̄

画像だと伝わりにくいですが、かなりの勢いで噴射するミルク。
こんなん赤子がびっくりしてまうで。

そして舞い戻るは我が寝室。
愛すべきお布団にダイブする。

あまりにも大人には不似合いな哺乳瓶をこの手に携えて。

一抹の恐怖と好奇心。
私たちは未体験と対峙するとき、なぜこうも感情が複雑になるのだろうか。

布団の上に寝そべりながら、ここで皮肉にも哺乳瓶の利点を発見する。

そう、「飲み物を傾けてもこぼれにくい」のだ。
先ほどのキッチンでの一幕が嘘のようにこぼれない。
寝ながら作業するのに最適な形状なのだ。
こんな利点を22歳になってから見つけたいとは思わなんだ…

御託はいい。
そろそろ始めようじゃないか。

生きるだけで罪を重ねるというのならば、私は今ここで新たな業をともに背負う。

哺乳瓶入りミルク!!!!
いざ!!実食!!!!

横になって飲み物を口に含むという行為は、今までになかった感覚だった。
哺乳瓶を咥えた瞬間から記憶がない。
喉を伝っていく温かいその液体は、脳みそに存在する意識を霧のように蒸発させていく。
体を包む柔らかなタオルケットが、人知を超えた大きな意志によって保護されているような錯覚を覚えさせる。
ずっと本能的に欲しがっていた「ぬくもり」が今、この手の中に与えられている。
体中に優しい感覚が伝わり、心の片隅に至るまで圧倒的な安心感で満たされていた。
自我の境界線が消える。
考える。という行為の仕方ですら分からなくなる。
兎に角、手に与えられた安らぎに縋ることしか出来なくなった。
幸せだった。ただ、求めていた感覚が、そこにあった。

私は…私は…



そして私は不眠と絶望を抱えているのが嘘のように、安心しきったまま熟睡してしまうのであった。

あの日の出来事から約半年の月日が流れた今、私はこの記事を書いている。
思い出しながら記事を書いている今でも、絶望にまみれた日々のことを思い出すと死んだセミのような鳴き声しか出せなくなるくらいには、苦い思い出だ。

気が付いて目を覚ましたら朝になっていたし、布団の上に転がっていた空っぽの哺乳瓶を見て軽い自己嫌悪に陥ったりもした。

それでも、目覚めは憎たらしいほどに清々しかった。
自分の中に抱えていたつっかえがポロリと取れたような、そんな感覚があった。

結局、この後もありきたりな人生を歩んでいる。
よくあるドラマとかラノベのように、一発逆転とかはない。
「哺乳瓶でミルク飲んだら人生逆転したったwww」とかそんなタイトル付けれるほど、人生は簡単じゃない。

結局その後の就活は60社受けても内定はもらえないままだったし、
コンペも相変わらず1次審査落ちの日々を過ごしている。

ただ、全てが悪い方向に進んでいるわけではない。
卒業課題も悲鳴をあげながら何とか終わらせることはできて、取りたかった資格も取ることが出来た。

今現在も生活できるだけの収入は何とか確保して、ギリギリながらもこの現代社会を生きている。

きっと、この先も、私は苦くも可笑しいこの経験をずっと忘れることはないだろう。
さらに言えば、この経験をこうして記事に残してしまった時点で、永遠に語り継がれてしまうことになる。
許して。

人はこの記事を見て、何を想い、感じるのだろう。
狂気か、失笑か、蔑視か、それとも別の感情か。

それでも確かに、哺乳瓶が私を絶望の淵から救ってくれたのは変わりようのない事実だ。
世間一般からして推奨される行為とは言い難いが、それでも事実は事実なのだ。
私がたまたま命を救ってくれたものが哺乳瓶だった、それだけの話だ。
命の恩人こと哺乳瓶は今もなお、作業机の上に鎮座している。


もしかしたらこの行く先に、哺乳瓶でもどうにもならないほどのさらなる絶望が待っているのかもしれない。
我々は理不尽に聳え立つ絶望に相対した時、どうしようもなく何かに縋りつきたくなる。
それは生命すべてに刻まれた本能なのだろうか。
だが理性ある我々は逃げることを、愚かだと指差し嗤う。

ここで、記事の最初の方に書いた「何のために生きてんだろ~~~~~~~~????」という問いに対して、自分なりの一つの解答例を言わせてほしい。
私の生きる理由、それはね、

「面白いや楽しいを何よりも享受するためだ」!!!!!!!!!!!!!!!!
いえ~~~~~~い!!!!!!!

生きているだけで黒歴史なのだとするのならば、馬鹿にされようが誰よりも楽しく生きてやると誓ったのだ。
大人になってから哺乳瓶でミルクを飲むことだって、最高にイカした笑い話になる。

もしも、今現在何かにおいて絶望しながらこの記事を読んでいる、何処かのあなたへ。
人生は想像以上にうまくいかないけれど、それ以上に私たちはしぶとい。
生きていれば、案外どうにでもなるようになっていたりするらしい。
哺乳瓶を吸って絶望から立ち直ったイヌもいるらしい。
一緒に、馬鹿をやろう。

世界を絶望するのは、それからでも遅くないような気がするから。

くそ記事

Posted by sorainu